あいばさんの「催眠恋愛」読みました。

 読んでみて思ったのは、「桔梗は性格がまともなC.C.」みたいだなという印象と、少女向けの割にはちょっと設定されている読者のレベルが高いかなという印象でした。(笑)
 まあ冗談は抜きにして「ラポール」は「他人の思いや尊厳を踏みにじってしまう」という点でルルーシュの「ギアス」と同質のものでしょう。ただ、桔梗の「ラポール」は、他人の精神に直接触れてしまう為に、術者である桔梗自身に掛かる負担も大変なものになるみたいですけど。

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簡単なまとめ

登場人物 物語以前 物語以後
聡子 「衆愚の国」と唾棄する割には「普通の幸せ」を無批判に幻想したりと「外の現実」を良く知らない「衆愚」の一人に過ぎない。 ラポールは直樹の核である「理想」を破壊してしまう事を悟り、「外の現実」に向き合い直樹と勉強を開始する。
直樹 「外の現実」に普通の人より関心があり、世界平和を望む理想主義者だが、それは安全な場所から叫ぶ「傍観者」に過ぎない。 桔梗から「外の世界」を突きつけられた上で、諸要素で相補える聡子と「当事者」を目指す。
桔梗 「外の現実」に絶望し、「衆愚の国」としたこの国で、何も知らず「普通の幸せ」に浸る事を薦め、自分は独り「過酷な幸せ」を背負っている。 自分に少し似た聡子の選択を見て、ラポールに伴う「罪の意識」について自身の過ちそのものであるレンと向き合い謝罪する。
レン 「外の現実」を知っていて、「過酷な幸せ」に置く桔梗を理解した上で、桔梗自身も「衆愚の国」で「普通の幸せ」に触れる事を望んでいる。 たとえ強制されたものであっても、「普通の幸せ」も悪いもんじゃないと、与えてくれた桔梗を肯定する。

本編感想

 記事の最初でも書きましたが、少女向けの割にはちょっと設定されている読者のレベルが高いかなという印象を受けました。
 内面が直接語られているのは冒頭のレン、本編を通して主人公の聡子、コーヒーをガジェットとした物語開始以前の桔梗の内面の一部と、それと対照的なレンの手をガジェットとした物語以後の桔梗の内面の一部なのですが、4人の行動の理由となる内面の描写を読み解く読解力の程度が高校生以上になっているような印象です。ちょっと賢い小学生高学年くらいの子が分かる位のレベルに設定した方がいいんじゃないでしょうか。「催眠恋愛」も何となくアダルティな印象を受けるので、横文字でハッタリをかますのも一つの手だと思います。

 個人的には、聡子の「未熟さ」を自覚した上で、大人なアドバイスをくれる蔦子さんみたいなメガネキャラか、聡子と桔梗が「なぜそんなことをしたのか?」という事を象徴的に表すガジェットが欲しかったかなという感じです。

聡子

 聡子の「未熟さ」は、世間ズレして純真でなくなった大人達にはその矛盾が見えるわけなのですが、もし対象としている少女達が聡子の「未熟さ」に気づかない事を想定しているのなら、物語が終わった後に、「未熟さ」の正体がなんだったのかが分かる「種明かし」か、それが自然に分かるような仕組みが欲しかったなぁ。
 中盤で、聡子が桔梗の指示を無視して「なぜ聡子は逃げたのか?」と、クライマックスである聡子がラポールを止めに入る瞬間で、「なぜ聡子はラポールはいけないことだと思ったのか?」というところで、読者にヒントを与えてくれたら良かったんじゃないかな?

 どうしてか分からないけど、何か「大切なもの」が壊れてしまう気がして――

 みたいな感じで。

桔梗

 桔梗の「罪」は冒頭のレンの追憶と、聡子が垣間見た桔梗の記憶で分かるようになっているんですが、その前に「ラポール」に対して帰郷がE2国以前から持ち続けていた「罪悪感」を描写した方が良かったような気がします。E1国の国家元首に「ラポール」を掛けなかった時点で、「ラポール」は使わないに越したことは無い「力」であるという事が分かるんですが、もっと分かりやすくしても良かったような気がします。
 そして、桔梗が「罪悪感」が確信的に「罪業」に変わったE2国での惨状と、その象徴であるレンに対して抱いている「罪業」が、その象徴であるレン自身によって癒されるシーンはもっと劇的でよかったんじゃないかな。

総括

 Sunithaは性格悪いので扱き下ろしてばっかりいますが、「罪の意識」から自分の幸せが歪んでいる桔梗に、ほっと暖かいクリスマスプレゼントが届けられる――というクリスマスらしい話になっていたと思います。
 まあ今はもう正月ですが。ハハハ。