機動戦士ガンダム00セカンドシーズン第21話感想&備忘録「革新の扉」

 そ、そんな!ミスター・ブシドーの正体が、あのグラハム・エイカーだったなんて!(挨拶)

 今回は、「平和」の為の方法論の問いに対する正解と不正解の話。
 回答者は、王留美、ネーナ、ルイス、マリナさんの4人。
 まあ、最初の3人がグサッ、ザクッ、と自滅してしまったので、回答が分からないままおろおろしていたマリナさんが正解、というある意味ホラーな内容でしたが。

「人々が、平和を求めているんだと思う。
マリナ姫の歌を通して、争いが無くなることを、共に生きることを。
我々は、人を否定する事ばかりを考えて、人と人が分かり合えることを、その道を、見失っていたのかもしれない。」(クラウス・グラード)

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本編感想

 「一人一人の変革」が「世界の変革」に繋がり、「一人一人の対話」が「世界の対話」に繋がる、という形で、ミクロからマクロに推移するのがセカンドシーズンのアプローチであり作中善。(逆の作中悪は、イノベイターを中心に支配、イノベイターさえも脳量子波で支配するリボンズ。)
 その作中善に、「誰かを憎んで自分の目的を達成しようとする人(ネーナ、王留美、ルイス)」は適合せず、悉く不幸になっていくという酷い因果応報。 王留美はネーナに撃たれて、ネーナはルイスに撃たれて――と、自分で巻いた「憎しみ」が自分に返ってくるというのは、そのまま人類縮図で、「憎しみ」では決して「平和」、「変革」、「対話」は巡ってこない。

憎しみ

「私、あんたが大嫌い。
さようなら、お嬢様。」(ネーナ・トリニティ
 
「貴方がそうだから、私が王家の頭首にさせられたのよ!」(王留美
 
「パパとママを殺した、あの時のガンダムだ!」(ルイス・ハレヴィ

目的

「私はその先にある、素晴らしい未来を――」(王留美
 
「私は生きるためなら何でもやるの、私が幸せになる為ならね!」(ネーナ・トリニティ
 
「やったよ、ママ、パパ、仇を討ったよ。
ガンダムを倒したよ。
ママ、パパ、どこ?
私、やったよ。やったんだから…だから、褒めてよ。
よくやったって、言って…」(ルイス・ハレヴィ

 つまり王留美、ネーナ、ルイスという、「イノベイター志望者」、「イノベイター下位互換」、「後天的イノベイター」という、イノベイターの道は「人類を導く選択肢」ではない、ということ。
 王留美が最期の最期で「刹那達との同道」を拒んだのがそれを象徴していますよね。

「貴方達とは行けないのよ。
求めているものが、違うんだから。」(王留美

 王留美は、途中までは刹那達と同じ道だったのに、最期の最期まで、「変革」のヴィジョンが不明瞭なまま、「ただ変われば今よりはましなはず」と、誰かと交わって「変わる」事ができず、最期まで方向転換を出来なかった。
 ネーナも、何度となく刹那達と交わったのに、自分から変わろうとはしなかった。
 ルイスは、生き残った事もありますし、救いはあるはず、というは、あってほしい、あらなくてはいけない。
 というか、ルイスがアロウズにいる限りはこの連鎖から逃れられない。
 ソレスタルビーイングと同じ「戦争を止める」という大儀を掲げるカタギリ司令の元には、「憎しみ(ルイス、アンドレイ)」や「野心(金髪メタボ、イノベイターズ)」に満ちているアロウズのやり方では、結局「悲しみ」と「憎しみ」を生み出し続けてしまうので、アロウズの害虫は消毒しなくちゃいけないんです。(バカ)

 そんな憎しみの中で、刹那に銃を向けながらも、その銃を下ろしたロックオンと、王留美の憎しみを受け止めてアニとしての愛情を貫いた紅龍はひときわ輝いていたなぁ…。

留美…生きて…」(紅龍)

 紅龍がもっと早く王留美にそれを伝えられていれば王留美も変われたかもしれないのに…

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本編感想

 機動戦士ガンダム00セカンドシーズン第22話「未来のために」

おまけ

 まあ色々ありましたが、泣いてるソーマお嬢さん可愛いよね!(台無し)