true tears 第13話感想&備忘録「君の涙を」

 石動乃絵・仲上眞一郎が泣けなかったのは「心が震える時」が無かったから。

 心が震えなかったのは、「現実逃避」をしていたから。

 「現実逃避」をしていては、涙を流す程に「誰かを大切に思う事」が出来ないから。

true tears vol.1 [DVD]

true tears vol.1 [DVD]

本編感想

「人は、本当に大切な人の涙を拭ってもらってあげる事が出来る。
 
うん、きっとおばあちゃんはこう言いたかったんだ。
 
本当に大切な人を思うと涙は勝手に溢れてくる。
その本当の涙を知る事が出来る事は―――(心が震える)」(仲上眞一郎)

 二人が今まで涙を流せなかったのは「ちゃんとしなかった(=現実逃避をしていた)」から。「現実」とちゃんと向き合って、「心が震える時」を迎えたから、仲上眞一郎は石動乃絵に自分の本当の気持ちを伝えて「ちゃんとする(=現実と向き合う)」事をした事を経て涙を流しました。

「俺は、俺は、比呂美が好きだ。
でも、お前を見てると、心が震える。」(仲上眞一郎)

 石動乃絵は「現実」と向き合って元の明るい性格を取り戻し、「眞一郎と出会った木」、「雷轟丸の墓」、「眞一郎が書いてくれた『のえがすきだ』がかき消えた地面」、「飛ばない事を選んだ地べた」、「飛び降りた木」、それら「一つの恋の終わりを象徴する場所」で全てを振り返り涙を流します。(描写はありませんがそういう意図でしょう)

「お早う、乃絵。」(クラスメイト)
 
「お早う!」(石動乃絵)

true tears vol.2 [DVD]

true tears vol.2 [DVD]

石動乃絵

未来は「人から与えられるモノ」ではなく「自分で探すモノ」

「いいの。飛ぶ事の出来た雷轟丸がその後、どうなったのか、自分で考えてみる。」(石動乃絵)

「心の痛み」を「傷の痛み」と捉え直して「現実に立ち向かう」為に歩いていく象徴

「だから、信じていてほしいの。
まだちょっと痛むけど、私はまだ飛べないから、歩いてく。」(石動乃絵)

「知る事」とは「現実と向き合う事」。それが物語の着地点

「お前は何も知らなかった。
何も知らない事って悪い事。
私は、何も知らないから傷つけた。
知ってれば、お兄ちゃんを傷つけずに済んだ。」(石動乃絵)

湯浅比呂美

 湯浅比呂美もまた仲上眞一郎に縋る(最後まで怖いなこの娘は)「現実逃避」をやめて眞一郎の答えを待ちます。

「向き合って、その上で眞一郎君が出した答えなら、あたし、ちゃんと受け入れる。」(湯浅比呂美)

 そして、現実と向き合った二人は、幼い日の祭りの思い出をなぞるように、「独りで泣いている」湯浅比呂美を仲上眞一郎が見付けるという象徴的なイベントを経て「涙を拭う」事で幸せな結末を迎えます。

「付き合おう。」(仲上眞一郎)
 
「嫌。」(湯浅比呂美)
 
「付き合おう。」(仲上眞一郎)
 
「嫌!」(湯浅比呂美)
 
「お前にはいつでも見てもらえる!
これからはずっと、隣にいるんだし。」(仲上眞一郎)
 
「ずっと、隣にって、何それ。
プロポーズみたい。
まだ、付き合うのOKしたワケでもないのに。」(湯浅比呂美)

新しい可能性、不可能が可能になる未来の可能性

「さっきね、脚開けたの、180度。
あんなの初めて。」(湯浅比呂美)

「君が流す涙(=降る雪)」は綺麗

「あ、雪…。」(湯浅比呂美)

仲上眞一郎

 「防波堤(=滑走路を連想させる飛ぶ為の場所)」は「地べたが飛ばない事を選んだ海(=「決断」のメタファー)」として機能していて、嘗ての「飛ぶ(=現実逃避する)」の意味が「飛ぶ(=現実向き合う)」と上書きされているのが凄く上手いんですよね。
 「決断した場所」だから、それは「飛ぶ場所」と同じ。だから、折角書いた絵本を紙飛行機にして飛ばしていたのは「区切りを付ける為の決断」の象徴。

石動純

泣けないのは「ちゃんとする(=現実と向き合う)の」が遅かったから

「あいつが泣けないのは何でだ?」(石動純)
 
「自己…暗示…」(仲上眞一郎)
 
「それだけか?
俺は、お前を許せないんだ。」(石動純)

それは悲しい嘘、あなたは優しい人

「あんたの言うとおり、あんたの事、好きじゃなかった、これっぽっちも。」(石動純)

true tears vol.3 [DVD]

true tears vol.3 [DVD]

総括

「ずっと、隣にって、何それ。
プロポーズみたい。
まだ、付き合うのOKしたワケでもないのに。」(湯浅比呂美)

 比呂美さんの台詞などを眺めながらこうして振り返ると、「true tears」という作品「少年・少女時代の終了、そして大人になる事」がテーマだったんだよなぁとしみじみ。
 前にも書きましたけど、「true tears」って、ホントにギャルゲとかエロゲとかの一般的な「ヴィジュアルノベル」の対立項なんですよね。「ヴィジュアルノベル」というのは、「醒めない夢」とか「ぬるま湯のような夢心地」とか「退廃した天国」みたいな雰囲気を纏う事が暗黙に要求されますが、それって要するに「現実逃避」なんですよね。逃げたまま「知らない・気付かない」でいれば楽だけど、それでは誰かの涙を拭えない、未来も掴めない。

 確かに「現実」と向き合うのはとてもとても痛い。それは乃絵さんの怪我が象徴しています。

 それでも、誰かの涙を拭う為に、未来を掴む為には、「現実」と立ち向かわなくてはいけない。

 そうして体も心も痛くても、何かを求めて「現実」と向き合って前に進んでいく。

 いつか、大空を飛ぶ為に。